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tengan さんの家計簿日誌

2020-05-11

が皆の前に紙を広げる

が皆の前に紙を広げる。

 

「荒川の東に位置するここから

我ら高島軍は鶴翼の陣形で西へ向かいます。

 

投石隊、弓隊、槍隊、騎馬隊の4層構造で」

 

「うむ」

 

「各隊を取りまとめる隊長ですが、予定通り

投石隊は壬三郎殿。

弓隊は信春様。

槍隊は信康様。

そして騎馬隊はーー」

 

格兵衛が信継をじっと見つめる。

 

「信継様に」

 

信継が腕を組んで頷いた。

 

「それが良い。

信春は強弓の名手だし、信康は槍の名手だ。

信継に至ってはすでに天下に名が轟く剣の名手。

フハハ…我が高島は強いな」

 

殿の信八が満足そうに頷く。

 

格兵衛は冷静に頭を下げると、信八を見つめた。

 

「北、南の山には同盟国の別動隊が控えています。

予定通りいけば、3方向から合計3万の兵で沖田軍を包囲できますがーー…」

 

含みのある言い方に、信継が反応した。

 

「なんだ?

格兵衛…何が気になっておる?」

 

格兵衛は息をほんの少し吐くと、頭を下げた。

 

「沖田軍の動きが遅れています。注視していますが…。

それからーー」

 

その場の皆が、格兵衛を凝視した。

 

「明日は雨になります」

 

 

ーーーーー

 

 

信継は陣幕から出ると、荒川と空を見つめた。

冬の寒空とはいえ、一見、天気は良いように見える。

山の上の風が強く、はるか上空の雲の流れが異様に早かった。

湿気を伴った空気が、頬に触れる。

 

「やはり…雨、か」

 

雨が降れば、山からの増水で荒川はたやすく氾濫するだろう。

ここ一帯が手付かずの荒野なのは、治水が出来ていないからなのだ。

治水さえできれば、きっと開ける。

 

雨で容易に深くなり、流れも速くなる川。

ーー川の周辺の地面も沼のようにぬかるんで足を取られる。

 

「沖田は…雨を待っているのか?」

 

そこに何の策があるのかはわからない。

 

沖田の動向を探るため、潜入していた牙蔵はまだ本隊に戻っていない。

 

ビョオオオオー…

 

遠くの山が鳴る。強い風が吹き、信継の髪の束が真横に煽られる。

その時、信継の髪を結っていた髪紐がブツッと切れた。

長い髪がバラバラになり、風に煽られ視界を塞ぐ。

 

「…っ」

 

信継は陣幕の中に入った。

 

ーー不吉な…

 

他の者に気づかれないうちに髪をきつく結び直す。

 

ーーいや。

沖田軍にやられるような高島ではない。

 

信継の脳裏に可憐な詩の姿が浮かぶ。

 

ーー母上とともに…待っているあの娘…

 

夢みたいに…いつか、我が妻に…

 

カッと信継の頬が染まった。

 

ーー大人しく待っていろ。桜。

この戦から戻ったら…仁丸とも、桜とも話そう。

 

どうしてこんなに惹かれるのか…

前世からの約束でもあったのか…

 

ふ…と信継の口元が微笑みの形になる。

 

次の瞬間、キリっと目を見開いた。

 

「この戦…勝つ」

 

その瞳には、揺るがぬ決意の火がともっていた。ーーーーー

 

「きゃあっ!?」

「あ…

に…西の方様っ!?」

 

沖田城の廊下。

地下牢を飛び出し龍虎の部屋に向かい急ぎ走る美和の鬼気迫る姿に、ぎょっとして立ち止まる侍女。

 

構わず走り、駆けていく美和に戸惑う。

 

「…西の方様は…夕べ…地下牢に幽閉…されていましたよね」

「…っ…すぐ、ご報告を…!」

 

あっと言う間に見えなくなった美和の去った方向を見ていた侍女たちも慌て始める。

 

美和はキリっと顔を引き締め、龍虎の部屋に向かっていた。

 

ーーあの男…『叉羽』ではない、あの男…

 

見惚れるような所作。優しい手。強引なカラダ遣い。

あの、隙のない視線と佇まいーー

 

夜を共にした、その記憶に一瞬訪れる切なさーーそれに嫌悪し、美和はギリギリと唇を噛んだ。

屈辱に、血が滲む。

 

ーーあの夜だって、あの男は最後までは…っ…

 

最後まではしなかった…

 

私の中に子種を…出すことはなかったのだ…っ

 

ーー『俺、女は嫌いなんだよ』

『俺も、命令で動いているからね』

 

ばっ…馬鹿にして…!

 

ーーいや…馬鹿なのは私だ…!

馬鹿だった…少なくとも…龍虎様は愛してくれたのに…

 

『美和…可愛いな』

『美和…俺の子を産め』

 

抱きしめられた男らしい腕。

血の気が多く、乱暴なところも多かったけれど、私だけを求めた逞しく温かい腕ーー

ツウッと涙がこぼれる。

 

ーー私は何ということを…

 

今は…龍虎様にお伝えしなければ…

 

今夜出立とあって、戦の準備で忙しいのだろう、龍虎の部屋までの廊下には人はいなかった。

 

龍虎の部屋まであともう少し…美和は廊下の角を曲がった。

 

「…っ」

 

「…西の方様…

 

いや、美和」

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